ガンダムで繰り広げられる人間ドラマ

 

ガンダムは1979年に放送が開始され、30年以上も経ちますが今でも人気のアニメとなっています。どうしてここまで人気が出たのか。

ガンダムはただのロボットアニメではありません。

70年代、80年代のロボットアニメの風潮として必ず「正義」と「悪」が存在しました。ゲッターロボやマジンガーZ、これらのロボットアニメは、どちらが正義でどちらが悪なのかがわかりやすく表現されています。

ガンダムでは主人公が属している連邦軍、それに相対するジオン軍。

当時子供たちは「主人公がいる連邦軍が正義だ!」

この考えで今までのロボットアニメを見ていた子供たちはワクワクしながらガンダムを見続けますが、次第につまらなくなってきたと思われます。それはなぜか?

ガンダムには人間ドラマを表現している部分が大きく、子供たちがわかりやすいような「悪を倒して正義が勝つ!」、この表現をガンダムではあまり表に出していないことが原因かと思います。そのため、放送当時の視聴率はかなり低かったようです。

時が経ち、人々がガンダムをよくあるロボットアニメとしてではなく、人間ドラマも織り交ぜているアニメと認識され始め、今では莫大な人気を誇るアニメとなりました。

この人気のひとつでもある、ガンダムの人間ドラマについて語らせていただきます。

 

15歳の少年「アムロ・レイ」(以下アムロ)この少年がガンダムの主人公です。

アムロは母親とは小さい頃に別れていて、父親と二人暮らしです。父親はほとんど研究所に行っており、アムロはいつも一人きりで家にこもって機械をいじるのが好きな少年でした。今で言うひきこもりがちの少年ですね。

そんな少年が突然戦争に巻き込まれてしまいます。住処であるコロニー「サイド7」がジオン軍によって襲撃されてしまうのです。

そこでアムロは偶然にも機密でもあるモビルスーツ「ガンダム」に乗り込み、操作マニュアルを読みながらジオン軍のモビルスーツ「ザク」(正確にはザクⅡ)を倒してしまうのです。

今までのロボットアニメでしたらここで「よくやった!」「ヒーローの誕生だ!」など褒められるのでしょうが、ガンダムでは「なぜ民間人がガンダムに乗っている!?」「なに?15歳の少年だと!?」「どうしてガンダムに乗り込んだ?」などと褒められることはありませんでした。

私たちの普段の生活においてもやり遂げたことは褒めてほしいものです。それが15歳の少年ならなおさらではあります。実社会においてもやって当然のことは褒められません。しかしそれでも褒めてほしい、そんな15歳の心を描写しているのではないでしょうか。

その後、連邦軍の機密を知ってしまったアムロは強制的にガンダムに乗せられ続けます。

戦争に参加しなければいけなくなったアムロ、当然命を落とす可能性も出てくる。

15歳の少年にそこまでの覚悟はなく、その後は葛藤の連続です。

葛藤している間にもジオン軍に追われ続け、さらにはジオン軍のエース「シャア・アズナブル」にも目を付けられる。

激闘の繰り返しの連続。アムロの心は次第に疲れてきます。

それでも戦えと周りに言われ続け、嫌になったアムロは逃げ出します。

この辺りの描写は学校生活や社会生活から逃げ出したくなる人の気持ちが表されているのではないかと考えられます。

逃げた後、ジオン軍が攻めてくる情報をキャッチしたアムロはみんなのもとへ戻り、敵を迎撃します。ここでも「アムロがいないと無理だよ」「戻ってきてくれて本当に助かったよ」などと言われることは無く、逃亡した罪として独房に閉じ込められてしまいます。

敵を迎撃したのは自分なのに周りは褒めてくれない、そして独房に閉じ込められる。

自信喪失、自暴自棄のアムロ、そんなときもまたジオン軍が攻めてきます。

そこでアムロも出撃しますが、罠にはまってしまい、爆破される直前に戦闘機乗りの「リュウ・ホセイ」がガンダムをかばい死んでしまいます。

初めて仲間を失ったアムロ。ここで自分は大切にされていたのだと理解します。

その後もアムロは何度も壁にあたるが、周りの仲間たちの支えによって成長するさまが見られます。このように少年の心の成長を描いているガンダム。

この人間ドラマがあるからこそ、ガンダムはここまで人気になったのではないかと思われます。

 

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